ついに開始されました。

 こんばんわ。
 本日の新潟エフは、だんだんと賑やかになってきました。
南相馬市やいわきの方が多いですが、みなさん時間が経つにつれ
表情は少し穏やかになって笑い声も聞こえるようになってきました。
つかの間かもしれませんが、少しで安楽んでいって頂ければ良いと
本当に、みなさんの受け入れをできて良かったと思います。

当ブログではほとんど被害や現状について報告はしてきませんでしたが、今回だけお話を。

 先日、宮城県牡鹿半島の友人から連絡がありました。
被害状況から、完全に諦めていましたが、奇跡をこの時は信じました。

 記憶にも新しい3.11の大震災。
私は、福島のクオレサード内で地震に遭遇しました。

 現状では、福島では原発と放射能の話で持ち切りです。

 しかし、やっと行方不明者の捜索が始まった町があります。
福島県、南相馬市と相馬市です。震災後2週間過ぎての捜索開始になりました。

 そして現在屋内待機そして自主避難のかかる同地域に現在2万人もの人がこの地域に残っています。

 ライフラインの回復もまだであれば、物資の搬入も乏しく、
1日おにぎりもしくは菓子パンが1つの配給で生活されています。
 

(画像は毎日新聞 神保圭作さん撮影 借用させていただきました)
 現在の南相馬市 原ノ町駅前 人影もなく明かりもつかないそうです。

 昨年友人の結婚式に立ち会ったこの町、友人と朝まで飲んだこの町、人生で初めて海で遊んだこの町
思い出すと涙が出てきます。

 しかし、現在日本にはこのような町が数が数多くあり、私より胸を痛めている方が多くいらっしゃいます。
そして、現在も原発内その周辺で命をかけて戦っている方もいらっしゃいます。
 小さな命を守るため戦っている母親がいます。
 見えない放射能に戦っている、農家の方、酪農家の方がいます。
 そして、復興に希望を持ち戦っている方がいます。

 上手に言葉がまとめられませんが、今も同じ日本に戦っている人がいること
今迄の私たちの生活がとても恵まれていたことを実感しました。
 そして、人生というものに真剣に取り組んでいなかった自分に、
不自由なく生活できている自分に
 そして宿の身を寄せている方が「避難している方には申し訳ないくらい贅沢をさせている」
そのコトバを聞いた時…
とても自分と言う人間が悲しく、恥ずかしく思い涙が流れていました。

 この震災で多くの命が失われ現在もその数は増える一方です。
この震災を乗り越え、この命を真剣に考えて生きて行きたいと思います。

 陳腐な文で気分を悪くされた方もいらしゃると思います。
どうしても、地元を思い戦っている人間がいることを、少しでも知って頂きたく更新しました。
 今回だけは、お許し下さい。

明日より仕事を含め、ブログの更新を始めたいと思います。
一日でも早く、多くの方が元気になるよう応援しています。

1件のコメント

  1. 山下 3月 25, 2011 9:22 pm  返信

    ちょっと泣きました。
    最近涙もろいです。
    このブログを楽しみにしている人がたくさんいます。

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